こんにちは、ロサンゼルス在住の気象予報士・太田絢子です。
私は2026年の夏に、アメリカで第二子を出産しました。
海外での妊娠・出産は不安だらけでしたので、今後どなたかの参考になればと思い、妊娠・出産の記録をまとめています。
出産編の第1回では、TOLAC(帝王切開後の経腟分娩)を検討したものの、最終的に二度目の予定帝王切開を選ぶまでを書きました。

今回はいよいよ出産当日。
手術前日の夜から、病院へのチェックイン、想定外の長い待ち時間、そして赤ちゃんが生まれるまでを、時間を追って記録していきます。
※以下は、あくまで私が出産した病院での体験です。帝王切開の流れやルールなどは、病院や個人の状況によって異なります。
手術日が確定したのは、なんと1週間前
今回の帝王切開、実は手術日が確定したのは出産の直前でした。
手術予定日まであと2週間というタイミングで検診に行くと、先生が
「手術日を変更したほうがいいかも」と。
実はこれまでにも一度手術予定日を変更していたので、想像もしていなかった言葉に私も夫もびっくり。
「え……っと…じゃあいつになりますか?」
「来週だね」
無言で顔を見合わせる私と夫。
急に出産まであと1週間になってしまったのです。
まだ入院バッグ完成していないぞ。
もともと赤ちゃんは小さめと言われていたのですが、前週のエコーの結果を見て、出産予定日の2週間前、38週で産んだ方がよいという結論になったとのこと。
ちなみに私の病院では、エコーを診る医師と普段診察してくれる産科医が異なっていたため、検査結果が主治医に共有されるまで少しタイムラグが生じます。
それまで普通に検診で会っていた先生と、急に、
「じゃあ次に会うのは手術室で!」
ということになりました。
私の場合、同じ週数の中であれば、ある程度手術日を選ぶことができました。
さらに手術時間も、空きがあれば、
8時・10時・12時・14時・16時
から選択可能。
我が家にはTKに通う長女がいるため、そのスケジュールとの兼ね合いもあります。
長女が学校に行っている間にできるだけ手術を済ませたい。
そして私自身も「どうせ手術をするなら早く終わらせたい!」と思っていたので、10時スタートを選びました。
……そう、この時点では、本当に10時から始まるものだと思っていました。
手術前日。「明日でこの大きなお腹ともお別れ」
手術前日の夕食は、いつも通り18時ごろ。
「帝王切開前だから」と特別なことをするわけでもなく、いつも通りの夜を過ごしました。
ただ、気持ちはいつも通りとはいきません。
やっとこの大きなお腹から解放される!
という嬉しさと、
明日、手術をするんだ。
という不安。
いよいよ赤ちゃんに会える楽しみもあり、いろいろな感情が入り混じっていました。
寝る前には入院バッグの中身を最終確認。
実際に入院してみて「これは持ってきてよかった」と思ったものもあったので、入院バッグについては次回の入院生活の記事でまとめたいと思います。
そして、「明日は手術だからしっかり寝ておこう!」と思っても、妊娠後期。
頻尿で何度もトイレに起きるし、胎動も激しい。
結局、最後の夜も快眠とはいきませんでした。
帝王切開前の絶食・飲水ルール
私の手術開始予定は午前10時。
病院からは、
手術8時間前から固形物禁止。
手術2時間前から水分も禁止。
と言われていました。
水分については、水やジュースなどの透明な液体(clear liquids)であれば手術2時間前までOKとのこと。
そして手術予定時刻の2時間前、午前8時に病院へ向かいました。
手術室には大人一人まで付き添うことができたので、夫に付き添ってもらうことに。
長女はいつも通りTKへ行き、日本から来ていた母は病院内の別室で待機してもらいました。
午前8時 病院到着。帝王切開の準備開始
午前8時、病院へ。
受付では手術に関する同意書にサイン。
ここでSSN(Social Security Number)も聞かれました。
その後、部屋に案内されて病院着に着替え、手術に向けた準備が始まります。
NST、血圧測定、検温、消毒、点滴などを順番に行いました。
特に印象に残っているのが点滴。
液体が入ってくるたびに冷たく感じて、なんともいえない違和感がありました。
このあたりまでは次々とやることがあったので、「いよいよだな」と思いながらも比較的あっという間。
私の準備が一通り終わった9時ごろ、夫も同じ部屋で手術室に入るための服に着替えました。
いよいよ手術が近づいてきます。
あとは10時になるのを待つだけです。
午前10時……になっても始まらない手術
ところが、10時になっても呼ばれません。
10時を少し過ぎたころから、
「まだかな……?」
とだんだんそわそわし始めました。
すると、緊急手術が入ったため、私の手術開始が遅れると告げられました。
もちろん緊急手術なら仕方ありません。
では何時からになるのかというと、
「まだわからない」
とのこと。
ここからが長かった……。
テレビを見ることはできたのですが、いつ呼ばれるかわからない状態で、ただ待ち続けます。
担当してくれた看護師さんは、
「わかるわ~。私も帝王切開のとき10時開始予定だったのに、結局16時開始になったのよ」と。
……え、16時!?
私は「予定帝王切開=予定時刻に始まる」と勝手に思い込んでいたので、手術が何時間も遅れる可能性をまったく想定していませんでした。
しかも、もう飲んだり食べたりすることもできません。
手術への緊張を抱えたまま、いつになるかわからない時間を待つ。
これが思っていた以上に精神的に疲れました。
午後0時30分「あと20~30分くらい」
正午を過ぎても、まだ呼ばれません。
午後0時30分頃、こちらから状況を尋ねてみると、
「今、手術室を清掃しているから、あと20~30分くらいで始められると思う」
とのこと。
10時開始予定だったので、この時点ですでに2時間半待っています。
最初のうちは時計ばかり気にしていましたが、ずっと待っていると、だんだんどうでもよくなってきます(笑)。
「もう今日中に生まれてくれればそれでいいや」
くらいの気持ちになっていました。
そして結局、手術室に入ったのは――
午後1時30分。
予定より3時間半遅れて、いよいよ第二子の帝王切開が始まりました。
午後1時30分 自分の足で手術室へ
いよいよ手術室へ向かいます。
これが、怖かった。
誰かにベッドで運ばれていくのではなく、自分の足で歩いて手術室に入ります。

明るくて、無機質な手術室。
そこには執刀する医師2人、麻酔科医、看護師、赤ちゃんを担当するスタッフ、そのほかにも1~2人ほど。
想像していた以上にたくさんの人がいました。
皆さん陽気に挨拶してくださいます。
それでも「ここで今からお腹を切るんだ」と思うと、一気に緊張しました。
そんな中、看護師さんから突然、
「プレイリストは用意してる?」
と聞かれました。
プレイリスト?
もちろん、そんなものは用意していません(笑)。
「音楽かける?何がいい?」
と聞かれ、とっさに、
「Disney」
と答えました。
すると本当にディズニーの音楽が流れ始め、しかもスタッフさんたち、普通に口ずさんでいます。
私は緊張でガチガチ。
一方、スタッフさんたちはディズニーソングを口ずさみながらテキパキと手術の準備。
この陽気さがなんともアメリカらしいなあ、と思いました。
麻酔は下半身だけ。夫はあとから手術室へ
まずは麻酔です。
ベッドの上に座った状態で行われ、記憶では確か二度、麻酔を打たれました。
麻酔は下半身のみ。
麻酔が効いたあとに尿道カテーテルも入れられました。
夫はこの準備が終わってから、時間差で手術室に入ってきました。
そして手術を始める前、麻酔が効いているかを確認するためにスタッフさんから、
「これはチクチクしますか?」と聞かれました。
私は、
「……する気がする」
という、なんとも曖昧な回答。
「え、これで始めちゃうの!? 本当に麻酔効いてる!?」
と不安なまま手術が始まったので、かなり怖かったです。
痛くはない。でも、とにかく引っ張られる

麻酔が効いているので、切られているような鋭い痛みがあるわけではありません。
でも、何も感じないわけでもありませんでした。
特に強かったのが、お腹の中をグイグイと引っ張られているような感覚。
「人間の内臓って、こんなに引っ張って大丈夫なの!?」
と思うくらい、かなりはっきりと感じました。
何をされているのかは見えない。
でも、お腹の中で何かをされていることだけはわかる。
痛いとは少し違うのだけれど、私にとってはそれがとても怖かったです。
午後2時16分 ディズニーの音楽とともに、娘誕生
そして午後2時16分。
いよいよ赤ちゃんが出てくる瞬間。
それまでお腹側を隠していた青いシートが外され、赤ちゃんの姿を見ることができました。
第二子となる女の子が誕生しました。
大きな産声。
その声を聞いた瞬間に思ったのは、
「やっと生まれた。長かった」ということ。
そして娘を見て、
「やっと会えたね。頑張ったね」という気持ちでした。
もちろん無事に生まれてきてくれた安心感もありました。
ただ、その一方で頭の片隅には、
「……このあと、まだお腹を閉じてもらう時間があるのか」
という、ちょっと気が遠くなるような気持ちも。
ちなみに私はまったく覚えていないのですが、夫によると、娘が生まれたときには『モアナ』の音楽が流れていたそうです。
生まれてすぐ、娘が私の胸元へ
生まれたあと、夫もへその緒を切らせてもらいました。
実際には最初の切断ではなく、すでに切られたへその緒を短く整えるsecond cutだったようです。
娘はそのまま同じ手術室にいて、体重や身長などもその場で確認。
そして手術前には、
「Skin-to-skinしたい?」と確認されていたので娘は私の元へ。
Skin-to-skinとは、生まれたばかりの赤ちゃんを母親の胸元に抱いて、肌と肌を触れ合わせること。
私はskin-to-skinそのものに強いこだわりがあったわけではありません。
ただ、生まれた娘とはできるだけ早く触れ合いたいと思っていたので、Yesと答えていました。
第一子の日本での帝王切開では、スタッフさんに抱っこされた娘の顔を見せてもらっただけ。
そのため今回は、生まれてすぐに胸元で抱っこできたことがとても嬉しかったです。
手術中なのに、写真も動画も自由!
そして、日本での第一子の帝王切開との大きな違いの一つが写真と動画でした。
手術前、夫とは、
「アメリカって訴訟も多いし、あとで訴訟の材料になったりするから、さすがに手術室で写真や動画を撮るのはダメだよね」
なんて話していました。
ところが実際には、最初から最後まで写真も動画も撮影でき、特に制限を言われることはありませんでした。
※撮影ルールは病院によって異なると思いますので、事前に確認するのがおすすめです。
しかもスタッフさんたちも、
私と娘・夫と娘の2ショットや3人での家族写真を、私たちのスマートフォンでたくさん撮ってくれました。
帝王切開でも、赤ちゃんが生まれた瞬間の記録をこんなにたくさん残せるとは思っていなかったので、これはとても嬉しかったです。
「私、まだお腹開いてるんだけど……!」

赤ちゃんが生まれると、夫は嬉しそうで娘のところを行ったり来たり。
でも私はまだ手術台の上です。
「いや、私まだお腹開いてるから!そばにいて手を握ってて!」
という気持ちでした(笑)。
赤ちゃんが生まれてからお腹を閉じてもらう時間が、私にはとても長く感じました。
麻酔は効いているものの、お腹のあたりを押されたり、引っ張られたりしているような感覚は続きます。
娘が無事に生まれた安心感はありましたが、
「早く終わってほしい……」とずっと思っていました。
午後3時 手術終了。リカバリールームへ
そして午後3時頃。
ようやく手術が終了しました。
8:00 病院到着
10:00 手術開始予定
13:30 手術室へ
14:16 娘誕生
15:00ごろ 手術終了
朝8時に病院へ来てから、約7時間。
予定外の長い待ち時間もあり、手術そのものへの恐怖もありました。
それでも無事に娘が生まれ、ずっとそばにいる娘を抱きながら、ベッドのままリカバリールームへ。
リカバリールームでは母体や赤ちゃんの状態を確認しながら、早速最初の授乳が始まりました。
そして夕方には病室へ移動し、学校から帰ってきた長女と妹が初対面。
ここから、怒涛の産後入院生活が始まりました。
次回は、帝王切開直後の初授乳から、姉妹の初対面、術後初めての歩行、母子同室、病院食、そして退院まで。
実際に入院してわかった、アメリカの病院でもらえたものや、入院バッグに持ってきてよかったものについてもまとめたいと思います。


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